2019年9月29日日曜日

2019年10月のニューズレター


10月のニューズレター
「教会の喜びと悲しみ」

 だいぶ前にクリスチャンでない知人から「教会も他の団体のように無くなることはあるのか?」と質問されたことがある。その時は人々が神を信じて集まる教会が無くなるなどあってはならないという強い気持ちと後ろ向きなことは言えないとの想いから、調べもせずに「教会は決して無くならない」と上ずった声で答えたのを思い出す。しかし無くなる教会はあるのだ。
リーダーの宣教師や牧師がいなくなったので教会が消滅したという報告は実際に聞いたことがあるし、バプテスト連盟に加盟している教会でもすでに完全に消滅した教会がいくつかある。栄枯盛衰は世の習いであるし、生まれる教会があるなら無くなる教会があるのは当然のことだが、やはり一つの教会が無くなることは違う教会に集う者にとっても何かしらの悲しみが生まれるものである。
 一方でいくつかの教会を喜びとするケースもある。たとえば自分が生まれ育った教会、自分が学生の時にお世話になった教会、神学生の時に研修をさせてもらった教会、等々。人生の様々な段階の時にそこで伴走してくれた諸教会は自分という一人の存在を育ててくれた一つの「教会」であった。
 先日、立川教会から50周年の記念誌が送られてきたので読んでみると一人の元三鷹教会のメンバーが文章を寄せていた。その方は三鷹教会員時代に立川から家族で通っていた時期があったそうだが、ご主人が単身赴任をされ2人の小さなお子様と三鷹まで通っていた。しかしそれはあまりに負担であったために立川教会に通うようになり、また家族で暮らす時までそこに通われたそうだ。その方にとって立川教会は三鷹教会と同じだけ大切な存在となったことだろう。
 今月、私たちは仙川キリスト教会と相互訪問を行う。かつて三鷹教会から生まれた教会(ともに初代の牧師はC.アスキュー先生)だが当時を知る人は三鷹教会にはほんのわずかだし、仙川教会にはもういないそうだ。互いを知らない教会同士になってしまった私たちだが、相互訪問を通して互いを知る一歩になればと願っている。      
 昔、私の友人が牧師になりたい気持ちを通っている教会の牧師に相談したところ、びっくりした牧師は近隣の諸教会の牧師たちを集めて一緒に献身の想いを聞いたそうだ。そして皆で忠告と励ましをしたそうだ。今、伝道者としてしっかりと歩んでいる友人をきっとあそこに集まった諸教会も喜んでいると思う。
教会同士が出会うとは喜びが倍になり悲しみが半分になることかもしれない。
 
「主を喜び祝うことこそ、あなたたちの力の源である」
(聖書の一節より ネヘミヤ810

2019101日          三鷹バプテスト教会牧師 秋 山 献 一

2026年9月ニューズレター

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