4月のニューズレター
「クリスチャンの苦難は希望につながっています」
6年前の受難節に義母は息を引き取りました。
生前、熱心なクリスチャンであった義母は背負いきれない重荷を負ったことで信仰の道から迷い、教会の仲間たちのもとから何も言わずに去って行きました。
しかし病によって死の備えをしていたとき、牧師から届けられた御言葉に心が開かれ、勇気を出し、仲間たちに連絡を取るようになりました。義母はそのときのことを「会う資格はないと思っていた。でも、会いたい人に会いたいと思った」と言っています。
そして仲間たちも急いで駆けつけ、彼らの祈りによって義母は最期まで信仰の道を歩むことができました。亡くなる前日、集まった家族一人一人を抱きしめ、「神様の祝福があるように」と言ってくれたのです。
しかし亡くなる数日前まで、義母に起きていた変化を家族も知りませんでした。そのとき、私は葬儀を義母から託されていたので、義母のところに向かっていました。その道中、死に向かう義母に何と言って良いのか悩んでいた私に一つの御言葉が与えられました。そして伝えました。「イエス様はこう言われます。『娘よ、あなたの罪は赦された。』」
義母を見ると涙を流していました。義母は言いました。「今の私に一番必要な御言葉をありがとう。」そして一枚のカードを出して、こう言いました。「今の私を励ましている御言葉はこれなの。私の仲間がこの御言葉を贈ってくれたの。」
そこには次の御言葉が優しい字で書かれていました。
「このように、わたしたちは信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストによって神との間に平和を得ており、このキリストのお陰で、今の恵みに信仰によって導き入れられ、神の栄光にあずかる希望を誇りにしています。そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。」
ローマの信徒への手紙5章1~5節