9月のニューズレター
「見えるようになった二人」
二人は、「主よ、目を開けていただきたいのです」と言った。
新約聖書 マタイ福音書20章33節
自分の過ちは認めず、他人のせいばかりする弟子に対し、師匠が
次の質問をしました。
「石に躓いて倒れた人はどうして倒れたのか?」
弟子は答えました。
「石のせいです。その人は石に躓いて倒れたのですから。」
しかし師匠はこう答えました。
「いいや、その人は石を見ていなかったので躓き、倒れたのだよ。」
♰
聖書には、二人の盲人がイエス様に出会い、見えるようしてもらった話が出てきます。そのとき、二人はイエス様が自分たちの近くを歩いていることを聞きつけ、イエス様を呼び止めるために大きな声を出し、「私たちを憐れんでください」と言ったのです。一人ではなく、二人であったことが、イエス様に出会うためにお互いを励ますこととなり、何より自分たちを大胆にし、共に見えるようになるためにイエス様に一歩近づけたのです。
♰
私たち三鷹バプテスト教会は、難民申請中のクリスチャンの仲間を6年以上支援しています。しかし、国と世の中の声を聞くとき、私たちはその人をもう支援できなくなります。実際に心が折れそうになったことも何度がありました。ですが、聖書の言葉に繰り返し聞きながら、私たちはその人を教会の仲間とし、共に歩んできました。私たちに知恵や財産があったからではありません。私たちには神様の言葉に聞き従う以外何もありませんでした。関西にいる知り合いの女性牧師にこのことを話したらこう言ってもらいました。「このことは、あなたたちが支援する者、支援される者として出会ったから起きたのではないのよ。共に生きる者として神様に出会わせてもらったからよ。」