10月のニューズレター
「神さまって2階にいるの?」近所の子どもからそんな質問を受けたことがあります。どこの2階でしょう。ヒントは質問を受けたのが牧師だということです。そうです、答えは教会の2階、神さまを礼拝する場所です。
神さまは礼拝にいます。もっといえば、神さまは自分を礼拝する人達の中に来てくれるのです。ということは、礼拝をしていない人達の中に神さまは行かれないということです。それは変な感じもします。誰に対しても平等、それが神さまじゃないか、そう思います。
かつて、『神さまにできない50のこと』という英語の本を読んだことがあります。そこにはこんなことが書いてありました。「神さまは嘘がつけない」、「神さまは自分のものを忘れることができない」、「神さまは自分の働く場所にしか行けない」、etc。神さまにもできないことがあることが分かるでしょう。抱いてきた神さまのイメージが壊れていきます。
逆に神さまにしかできないこともあります。それは人間の救いです。そして感謝なことに、神さまはそのことを強く願い実行してくれたのです。ですから神さまの計画(聖書によれば天地創造の前から練りに練られた最高のプラン)と意志(聖書によれば人間の起こすどんな失敗や失望によっても揺るがない神さまの大きな愛)は救いを前提にできています。だから私たちにとって一番大事なことは、神さまからいただく救いをちゃんとキャッチすることです。
けれども多くの人が、救いのことを毎日考えて生きているわけではないでしょう。食べるもの、着るもの、住むところ、家族や友人達、そっちの方が優先順位は高い。クリスチャンであってもそうです。なぜなら救いで腹がいっぱいになることはないし、欲しいものが買えるわけではないからです。救いをアクセサリーにして友達に自慢することもできないでしょう。
それならどうして救いをキャッチし続ける人達がいるのでしょう。他人よりも時間を作ることができるから?信仰心があるから?違った生き方ができるから?どれも当たっているようで、少し違うような気がします。その中でも一番近いのは最後のだと思います。神さまの救いこそが、私たちを新しい生き方へと導くのです。
神さまの救いを体験してしまった人は、もう前の生き方ができません。それがあまりに輝いているから、あまりに素晴らしいから。だから、集まって神さまを礼拝してしまうのです。
日曜日、神さまは教会の2階に来てくれます。あなたにもぜひ来て見てほしい。
三鷹バプテスト教会
牧師 秋山 献一