1月のニューズレター
「天のときを生きる」
「天の下では、すべてに時期があり すべての出来事に時がある。」
聖書 コヘレトの言葉3章1節
1963年、ドイツの復興に貢献した老宰相アデナウアー(87歳)は、本人の思いとは別に、迫り来る新しい時代に勝つことができず、ついに政治の表舞台から退くときがきた。そのとき、長年の政敵から次の賛辞の声が届いた。「総理、あなたが1954年にNATO加盟を強行したのは正解でした」と。しかし、この言葉にアデナウアーは冷たく、こう言い放った。「君と私の違いは、私が正しいときに正しい決断をしたことである。」
民衆の多くがナチスになびいた時代にあっても、決して屈することのなかったアデナウアー。彼は熱心なカトリック信者の夫婦のもとに生まれ、彼もその信仰を最後まで生きた。それ故に正しいとき、つまり神が天の下に定めたときを生きる人であった。
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私も天のときを生きることがあった。それは高校受験を控えていた息子を通してであった。彼は自分の将来に悩み、礼拝中も下を向いていた。そんな中、英検の試験に2分遅れるという失態を犯してしまった。当然、試験を受けることはできず、受験料も無駄になった。彼は反省して帰ってきたが、このときが親の思いを伝えるチャンスになった。そして息子は自分に相応しい高校に出会うことができ、現在、活き活きとした高校生活を歩んでいる。まさに2分遅れたことによって、親の目が開かれたと言っても良いだろう。
後に、このことを知り合いに伝えると、その人は確信に満ちた顔をしてこう言った。「神には2分で良いのです。」
この言葉に私は衝撃を受けた。2分で気づけた自分を内心誇っていたが、神には私の目を開くのに2分で十分であったのだ。そして、これこそ神の定めた天のときであり、そのときを私は生きることができた。このことをただ感謝するのみである。